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上砂川は、「昨日、悲別で」というテレビドラマ(昭和59年放送)の舞台となった町で、『悲別(かなしべつ)』という架空の町になりました。
都会に憧れて行った若者と、故郷に残った若者との物語り(私は見てなかった)だそうです。
ドラマの中では、JR上砂川駅(平成6年廃線)は『悲別駅』として登場しました。

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「上砂川駅ね、汽車こなくなっても、駅 見に来る人がいるわけけさ。したら残すべってことで、駅だけ残したんだわ」
と、上砂川の資料館『炭鉱舘』のおじさんが話してくれました。

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駅構内には、抜かしの切符売り場もそのまま。
”◯◯行きください” と言うと、駅員さんがこの小窓から切符を出してくれるんです。

今は自販機だから、あまり行った事のない所の切符を買うときって、不安だしホント手こずっちゃう。
色々教えてもらえる窓口の切符売り場だと、旅の間の安心感がちがいますね。

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上砂川にある『炭鉱舘』には、炭坑で賑わっていた頃の上砂川の写真が貼られていました。

学校や町並み、炭坑住宅です。

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このお店は、今も健在ですね。

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上砂川の『炭鉱舘』の中に、再現された炭坑住宅がありました。
家の回りの小物はだいたいわかりますよ、矢印の所にある輪っかに見えるのは煙突掃除に使う道具です。
竹を細く切ったもので、先っちょにはブラシが付いています。

 

長い竹の先っちょに黒いブラシが付いていて、煙突に入れてゴシゴシすると、内側に付いていた真っ黒いススが取れるってわけ。
年に1度か2度、父親が掃除していました。

ほっかむりとか、タオルで口をふさいだりするんだけど、なーんもさ、結局まっくろになっちゃう。

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おお〜これは天秤棒じゃございませんか。
2つのバケツに通してある棒をかつぐと、一度にバケツ2つ分運べるってわけ。
天秤棒、50年前の私が見た使い道は、”こやし” を運ぶことでございます。
昔は、人糞も立派な畑の肥料でしたからね。

このお宅に置かれている天秤棒には、いったい何を入れて使っていたものかはわかりませんが、もし、同じ使い道で使われているのなら、玄関前は、ちとキツいんでないかい・・・・・

あら、薪は縛って置いたりはしませんよ。
みんなきっちり積んだものです。
なんだか小姑みたいに色々目についちゃいました。

天秤棒のすぐ右に、四角い板が立てかけてあるように見えますが、あれはそうではなくて、流しから出た排水を流す筒です。

むこうには杵と臼が置いてあります。
お餅をつくのはこれにかぎりますね。

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玄関の障子がセロテープでとめてありました。
そこはやっぱりノリでしょ、ご飯を練ってつくったやつね。・・と思いながらも、家の中を拝見してみる。

こんにちは・・・・
あらあ、色々年期の入ったものがありますね。
奥のタンスや茶ダンスはアンティークで素敵に見えちゃうからフスビですね。
『今帰ったぞ』
『お疲れさま』
『父ちゃん,おかえり!』
暮らしの様子や道具が現代と違っていても、人の幸せ感は、どの時代も変わらないですよね。

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上砂川の『炭鉱舘』。
炭坑が盛んだった頃の風景ですね。
何軒かが繋がった長屋の住宅は、その形からハーモニカ住宅なんて言われていましたよ。
なして知ってるのかというと、住んでいた記憶があるんだな~これが。
間取りまで記憶にあっちゃう。
きっと、昭和の中頃?あたりでしょうか。
ほら、ぼた山が見えますね。

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当時はおじさんたちがガガガって石炭を掘っていたのかと思いましたら、ガイドのおじさんが
「あ、これはね、石炭を掘っているんじゃなくって、石炭層までのトンネルを掘っているところなんですよ」と教えて下さいました。
ここで出た石がぼた山に捨てられていたんだね。

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上砂川には石炭を掘るための秘密兵器がありました。
当時の消防ポンプのなんと10倍の力で水をぶっぱなす、あ、放水いたしますポンプでございます。
この水圧の力でドドド~!と石炭を砕きました。
この方法だと、何かに引火してガス爆発を起こす心配がないという事で、世界で注目されたそうです。

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以前に聞いた石の先生の話によると、石炭は太古の植物が石になったものだから、植物の化石や琥珀(こはく=樹液が固まったもの)などがよく混じっているそうです。
それを知ってたらさ、ストーブにくべるまえに、はっちゃきで見つけたんだけどなあ。

 

 

手稲の長屋に住んでいた頃は、みんなそれぞれの家に石炭を置いておく場所、今で言う納戸みたいなスペースがあってね、冬になるまえにトラックがやってきて、おじさんがスコップでガンガン入れてくれました。
石炭の部屋はいい匂い。

 

 

今、石炭は再び注目されはじめ、栗山町では石炭の露天掘りが始まろうとしています。
石炭を燃やすと発生するCO2も、現代では高効率石炭火力の方法が進歩したし、石油よりもコストが数段安いそうです。

 

 

上砂川の石炭は、今ではすべて水没しているそうですが、もし容易に採掘する方法が考えだされたら、再び復活するかもしれませんね。
そたらさ、懐かしい長屋もどんどんできちゃう!・・・ワケないね。

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上砂川は石炭の町でした。
採炭が盛んだった頃の住宅や施設があった地域の一角には、現在『炭鉱舘』という資料館が立てられていて、当時の様子を知る事ができます。

 

むこうの方に見える、ピラミッドみたいな山はボタ山って言います。
石炭を掘るときに出てくる、いらない石や石炭のクズなどを捨てた所。
それがだんだん、大きな山になりました。

 

私の住んでいる手稲(昔は札幌群)にも昔は鉱山があったので、ちょっと似ていて懐かしい。
上砂川のボタ山と同じような、山の斜面があって、私たちは『ズリ山』って言っていました。
今はもうすっかり緑で同化しちゃっているけどね。

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ボタ山は、岩や石のゴミの山という事で、崩れる事故もあったりして危ないっしょ、だから殆ど消えてしまったそうです。

 
ところが現在では、当時の産業を支えた証ということで、保存する考え方になってきたとか。
でも、ここで暮らす方達にとっては、先人たちの生きた証だもね。
きっと、故郷みたいな山になっているような気がします。
手前にはコンクリートの土台みたいなものがありました。
当時のなにかの施設だったのかなあなんて思いながら、『炭鉱舘』に入ってみる事にしました。

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続く>>

 


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