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フジテレビの『逃走中』という番組を見たら、なんだか見覚えのある背景。
あら、これは『北海道開拓の村』でしょや。

 

 

『逃走中』は、タレントさん達がエリア内をハンターにつかまらずに何人生き残れるかという物語じかけの番組。
『北海道開拓の村』の建物は重要文化財だし、道が管理しているから番組も管理している側も、気をつかったでしょうね。
番組の内容より、どんなふうに映るのかをマジマジみてしまいました。

 

 

建物の案内版はムシロで覆われていたし、建物の軒先や回りにも工夫がされていました。
なかなか雰囲気がでていました。

 

 

夏に行った時の、まだUPしていない写真がいっぱいあるので載せてみました。
もし、番組をご覧になった方がいたら
「テレビでここ見たかも〜」と思って頂ければ幸いです。

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ここは、旧開拓使札幌本庁舎です。
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旧青山家漁家住宅
網元の住宅と、漁を手伝った沢山のやん衆と呼ばれる人たちが暮らす場所が一緒になっています。

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やん衆達は、大きな部屋の回りにある畳の上で寝て、中央のいろりあるスペースで食事をとりました。
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ここは住居スペース。

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これを機会に、開拓の村に、どんどん人が来てくれるといいですね。

その他の写真は開拓の村のカテゴリで

北海度開拓の村HP

逃走中 サングラス
逃走中 ds

 

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北海道開拓の村には、北海道にゆかりの深い作家の有島武郎が住んでいた家も保存されています。
数々の有名作品を読まれた方も多いのではないでしょうか。

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ちょっとお宅を、訪ねてみましょう。
2回の窓が洋風でおしゃれですね。

表札が付いています
こんにちは、おじゃまします。

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あら、障子の穴がきれいに継ぎ当てされていますね。

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正面は台所、茶の間は右ですね。

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床の間の障子の透かしがおしゃれ。
それから、障子のふすまが懐かしいんでないかい。
私の小さかった頃の家にも、まったく同じような、ガラスの入った障子のふすまがありました。

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その向こうには縁側もありますね。
北海道の家は当時、本州と同じ造りの家だったので、縁側のある家が多くありました。
でもね、しばれる北海道の冬には不向きだったんです。
ハンパじゃないっしょ。戸の間から雪が吹き込むんだから。これ、経験者は語るよ、ほんと。
しだいに、北海道には北海道の、寒冷地仕様の住宅が立てられるようになって、このあと縁側のある家は次第に少なくなっていきます。

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どうも、おじゃまいたしました。

さて作家として有名な有島武郎ですが、北海道にとって、とくにニセコ町にとっては『父親から引き継いだニセコの農場を、土地共有という形で小作人に無償で解放した、『農地解放』をした人物』として、とても有名です。

それでニセコにはね、羊蹄山が奇麗に見える小高い丘に、『有島武郎記念館』が立てられています。

 
確か以前に『有島武郎記念館』を写した写真があったはず〜〜〜〜〜ガサゴソガサゴソ。
おお、あったあった!なに2005年の10月!!
そんな前だったとは・・・・
でも、せっかく見つけたのでupしよ。
羊蹄山のこんな紅葉が見られるのも、もう少しですね。

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• 有島記念館‐
• 住所/北海道虻田郡ニセコ町字有島57番地
• 電話番号/0136-44-3245

カインの末裔 生まれ出づる悩み 或る女

 

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北海道古平町で、明治35年から昭和33年(1958)まで使われていた旧近藤医院。

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昔の建物は、デザインに凝っていて、おもむきがありますね。
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こんなアーチ型の受付ありました。
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子供の頃にあった個人病院はこんなだったかも。
この雰囲気だけで怖かったもね。
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それにしてもさ、体の中がこんなアバウトでいいんかい・・・・

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なんかちょっと恐ろしくリアルです。
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あ、懐かしいシルエット発見。
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これは中に水を入れておいて、トイレから出たあとに手を洗うものです。
下のぼっこ(棒)を揚げるとタンクの水が落ちて来る仕組みです。
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おお、昔懐かしいお便所。恥ずかしいので小さめに。
でも、さすが病院。床がタイルになっています。
懐かしいから大きく見たいなあと思われる方はポチっ
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廊下には排水溝が設備。どういう状況の時にその威力を発揮するのかなあ。
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ガラスには模様が。
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2階は先生の資料室になっていたそうです。

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私事で恐縮だけど、昭和30年代ころ、手稲町に中村医院という町医者さんがいました。
熱をだすとガラスの大きな注射器を銀色のケースからカチャカチャいって取り出すの。
その太さったらハンパじゃない。子供だったからよけいに大きく見えたんだべね。
おかげでちゃんと大きくなって、お嫁に来てから、一度だけお会いしたのが最後でした。

北海道開拓の村の、その他の建物はこちら

 

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もみじさんがコメント下さった ”ごはんのり” 。そうそう、我が家もそうでした。
昔、障子の穴のを修復するのに、花の形に切った紙の継ぎ当てをしました。
その紙を貼るのに使ったのが ”ごはんのり” 。

 

 

売ってたわけじゃないんです。
”お粥” のような ”おもゆ” のような、つまりその、”お粥”の粒なし。
糊のようになるまで、何度もグルグルかまかして(かきまぜて)作りました。

 

 

それから、フロリダの風さんのコメントを読んで思い出しました。
障子は灯りをほのかに通すので、寝床に入っていると、茶の間の灯りが継ぎ当てパッチの障子紙を透かしました。そん情景が思い出されて、小さな障子紙の花の継ぎ当てが、なんだかとても愛おしく感じられました。

 

 

したっけさ、旦那さんが
「ウチなんか、ごはんノリを牛乳で練ったべ」だって。
え!牛乳?
それってさあ、障子に貼ったら、あとで臭くならないかい?
「さあ、どうだったかな・・・・」

 
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でも実際、牛乳からはカゼインという強力な接着剤が作れるそうで,戦争末期にはなんと、このカゼインの接着剤を使った木製飛行機が、江別から札幌の丘珠飛行場に試験飛行をしました。
偶然、その様子を私の母は見たのだそうです。
カゼインを使った戦闘機の話しはこちら

北海道開拓の村

 

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北海道開拓の村に展示されている小樽新聞社です。

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デジタルになるまえの新聞は『 活版印刷 』。
文字が掘られたハンコを並べて文章を組み立て、インクを付けて印刷する方式です。
これを一個一個 棚から取り出しては並べて集めて文字を配置(植字)していたなんて、すごいんでないかい!

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毎日、このすごワザがここで行われていたのですね。
そうか、ハンコなので逆さま文字ですね。

 

 

多く使う文字は、一番取り出しやすい位置に置いて、次に多く使う文字はその回りに。
あまり使わない文字は、遠くの方に置くなど、文字の置き場所には工夫がされていたそうです。
英語の文字はたった26文字なのに日本語はいったい何文字なんだろう。

 

 

「若い頃に、コレやってる知り合いがいたわ」と旦那さんが言いました。
そ、そうか。そう昔の事でもなかったんだもね。
「バイク便ってのもあったな」
バイク便?
「急いで届けなきゃなんないものはバイクを使ったほうが車より早いべさ。渋滞にも強いべ。ハトだって飛んでたぞ。現場写真のフィルムをハトに持たせて飛ばすのよ。したら新聞社に飛んでくべ」
え、そうだった?
「お前と結婚した時にはまだ飛んでたべや」
という事は30数年前・・・・・
ま、まあそうでしたか。

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『 活版印刷 』は世界三大発明の一つだそうです。
それまでの印刷といえば、時代劇の『かわらばん』 でおなじみの木彫りでした。
手元がくるって掘り過ぎちゃって ”やべ〜!” という事がこれでなくなり、さらに、沢山の印刷ができるようになった事で、庶民も書物というものを読む事ができるようになりました。

 

 

北海道開拓の村ホームページには
『小樽新聞社は明治27年(1894)に創立された。函館毎日新聞、北海タイムスとともに道内の代表的新聞の一つであった。』
とありました。

 

 

そうそう、『北海タイムス』は、道民にとってはまだ記憶に新しいかもしれません。
いつだったか、時代に取り残されてたこの看板を見つけて、思わず撮った写真がありました。
データには『2010年2月16日火曜日 』とありました。

北海タイムス.jpg

 

 

北海道開拓の村

 

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