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『北のゆめパスタ』は十勝芽室(めむろ)産の小麦「ゆめちから」を100%使った乾燥ロングパスタ。
形はうどんみたいに平たいね。
この「ゆめちから」という小麦は超強力粉だから生パスタのようなモチモチの食感が楽しめるそうです。

ゆめパスタ

 

 

■ 「ゆめちから」は超強力粉!

強力粉は知っているけど、さらにその上があったなんて。
小麦粉は、薄力粉・中力粉・強力粉の3種類がありますよね。
薄力粉は、ケーキや天ぷらなどの普段の料理によく使うし、中力粉は、うどんを作るのにむいていて、強力粉はパンによく使われます。私は、時々ピザを作るのに使います。

その違いは、小麦粉に含まれるグルテン(タンパク質の一種)の量で、グルテンが沢山含まれているほど強力小麦というわけです。
ピザを作るときは、ねってねって、ベシベシ叩き付けて、ちぎってはこねちぎってはこねを繰り返してまるで格闘。
こうするとね、グルテンが作用して粘り強さが増し、美味しい生地になるんだと。
私にはストレス発散にもなるけどね。

「ゆめちから」小麦には、なんと強力粉をさらに上回る量のグルテンが入っている、だから『超強力粉』!
もっちもちで、しっとりしたパンをつくることができるそうです。

 

 

■ 秘密はむし暑い夏を経験しない秋撒き小麦だから

小麦の多くは春に撒いて秋に収穫するそうです。
でも、小麦はむし暑い夏の暑さが苦手なので、高温多湿の日本では、小麦を沢山作る事が難しい。
そこいくと「ゆめちから」小麦は、秋に種をまいて翌年の7月に収穫する北海道育ちだから夏バテ知らず。
病気にも強いそうです。

 

 

それじゃあ実際に食べてみよう!
フライパンに、オリーブオイルとニンニクと、玉ねぎ、豚肉、畑で穫れたトマトのソースを混ぜてスタンバイ、そこに固めに湯がいた『北のゆめパスタ』を投入!
シャカシャカシャカ・・・・

 

 

頂きます!
・・・あら、ほんとだ。
素人でもわかるモチモチ感。
普段の我が家にはなかった感触です。レストランっぽいぞ。
料理の腕が上がったわ・・・みたいな錯覚にしてくれる、十勝の芽室が育てた、超強力小麦の『北のゆめパスタ』。

北のゆめパスタ

 

 

北のゆめパスタ

 

 

芽室の地図

通販もしてるみたいです。
http://www.ja-memuro.or.jp/news/140425_02.html

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先日まで札幌大通り公園で行われていた『さっぽろオータムフェスト2016』。
北海道のとっておきの食が大集合、来場者は230万人以上だったそうです。

オータムフェスタ

 

 

オータムフェスタ

 

 

■ 中標津のしいたけは『想いの茸』

その中に、ふっくらした椎茸を販売していたブースがありました。
中標津(なかしべつ)産の椎茸。『想いの茸』という商品名だそうです。
中標津はたしか道東の町だったよね。旦那さん、椎茸好きだもね、買ってこうか。
161001nakasiberu04294

 

 

■ 中標津の開陽台は330度の視界

オータムフェストでは、ブースのお兄さんがチーズを乗せて焼いていました。
家でマネしようと思ったらチーズがなくってバター焼きになっちゃったけど、シイタケは肉厚で、とても弾力がありました。

 

 

「ねえ、中標津って、どんなとこだっけ?」口をモグモグしながら家族に聞いてみる。
「ほら、開陽台のあるところだよ」と次男。
ええ!開陽台は中標津だったのか!!
そりゃあ、このシイタケ、いい空気吸ってるわ。

 

 

数年前に道東を3人で旅した時、初めて行った開陽台に、なんとも知れぬ大地のすごさを実感した事が今でも忘れられません。
ぐるーっと見渡せる大地の丘、開陽台。
そこからの景色はなんと視界330°!!
旅のライダー達は、なまじっかなオートバイの整備では行く事ができないので、そこをライダーの聖地と呼ぶのだそうです。
そうだ、行ったときの写真があったよね・・・あ、これこれ、2011年7月だね。

 

 

ちょうど雨が降っちゃって、330度の視界は見られなかったけど、しかしながらその雄大さはハンパじゃございませんでした。
開陽台までは、この長い道を走って行きました。
青空だったら、きっとたまんないよね。
ライダーたちは、きっとここで風になれるんだと思う。
これは当時の(2011/7)の写真です。

開陽台への道

 

 

私たちが到着した時は、霧で真っ白、何も見えませんでしたが、しばらくすると霧は少しずつ遠ざかり、しだいに周囲の景色が見られるようになりました。

開陽台

 

 

開陽台

 

 

開陽台

 

 

オートバイも車も、ナンバープレートは日本全国。
中には、ワンボックスの中を茶の間ふうにして寝泊まりしながら旅をしている年配のご夫婦もおられました。

 

 

■ 日本の展望ベスト10位!

開陽台は、旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」の「口コミで選ぶ 行ってよかった!日本の展望スポットランキング2015」の、なんと第10位にランクインされたそうです!!
でもね、考えてもみて下さい。
清水寺も東京シティビューも東京都庁舎だって、行った人は数えきれないほどいると思うけど、開陽台からの景色を実際に見た人は、いったい何人いるというんでしょうか!
比にならない人数の中からの10位のランクインは、ベスト3、いやもしかしたらベスト1と肩を並べてもひけを取らない展望なのではないだろうか!(だんだん熱くなってきた)

 

 

夕食のあと、中標津のシイタケ『想いの茸』のホームページを見てみると、
その中に『地平線を見て育った椎茸です』と書かれていました。
おお、なるほど!こっちをネーミングにしてもいいんでないかい?と思っちゃった。
したらさ、買う人は、”どこ?どこ?地平線が見えるとこってどこ?”みたいに思って興味を持つかも???
持たない??・・・失礼いたしました・・・
http://ni-show.jp/sitake/

『想いの茸』美味しかったです。ごちそうささでした。

中標津のシイタケ

 

 

中標津観光協会のページでは、開陽台330度の景色を見る事ができます。
http://www.kaiyoudai.jp/index.html

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昨年の暮れに、お歳暮で頂いた 『AFくらぶゴーダチーズ』。
牛のいっぱいいる道東の標津郡中標津町計根別(しべつ群なかしべつ町けねべつ )で作られました。
こんなに大きいのはテレビかデパートくらいでしか見た事ないのに、なんと我が家にやってくるなんてね!
いたましくて(もったいなくって)今まで食べれなかったけど、ここにきて遂に!この真空パックを破いたのであります。

 

 

包丁を入れると、あらら・・・・柔らかい・・
食べてみると、しょっぱくない!
しかも、口当たりがなんとまろやか!
チーズツウではないおばさんにでも、その味の違いがわかるほどです。
やっぱし、北海道の乳製品はいいべさや!

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毎日の生活の中で忘れてしまいがちな地元の産物。
つい遠くの珍しいものにばかりに興味を引かれてしまいます。
地元を見回せば、美味しいものは灯台下暗しだよね。

 

『AFくらぶゴーダチーズ』を売っているAコープけねべつ >>


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月形町は、今で言う”刑務所”から生まれた町です。
明治14年にできた当時は『樺戸(かばと)集治監』と言ったそうです。
ここにね、初代典獄(所長)としてやってきたのが月形潔という人です。
集治監ができたばかりの時は、回りは原野で官舎もまだない状態だったので、月形潔は、囚人と一緒の部屋でざこ寝したそうです。彼らを励ましたり、東京に出張すると、お土産を買ってきたりもしたそうで、そんな月形潔の事を、いつしか囚人たちはても慕うようになりました。

 

 

村人からも尊敬された月形潔にある時、その功績をたたえて、お寺を建てようという話しがもちあがりました。
すると、囚人たちが自分達で作りたいと願い出ました。そして、大工の囚人が棟梁になって、お寺を建てました。
月形潔は、それくらい、囚人や村の人達に慕われていたのですね。

 

 

でも私は最初、いくらなんでも刑務所に入っているのは悪人だし、真面目にお寺なんか建てるのかなあ。逃げ出したりしないのかな・・と思いました。
でも、資料や本を見ているうちに、私が囚人=悪人と思い込んでいた事がそもそもの間違いだったという事に気がつきました。
もちろん、誰かを包丁でグサ!!ギャ〜〜〜!!な〜んて人も中にはいたかもしれないけれど、当時は明治維新という時代。
武士の時代が終わりになってもなお、武士道を貫こうとした人や、新政府への不満を持った人などが大勢いて、その人達は政治犯として監獄に入れられたそうです。
明治になって次々に作られた監獄は、新政府にとって都合の悪い人達を捕まえて入れちゃおうというねらいもあったのです。

 

 

以前制作されたNHKの大河ドラマ『獅子の時代』では、会津藩の下級武士が、無実の罪で樺戸集治監へ入れられちゃうというストーリーの部分がありました。
『悪人』か『善人』かは、その時代が決めてしまう事なんですね。
そんな時代の中で、月形潔は「囚人』は決して『悪人』ではないという思いを貫いていたのでしょうか。
月形潔は、その後、故郷の福岡に戻りましたが、48歳で亡くなる時「戸籍は月形に置くように」という遺言を残したそうです。

 

 

当時、樺戸監獄の事務所として使われていた建物は、今は資料館になっています。
正面の踏み板がこんなにへこんでいます。いったいどれくらいの人が踏んだのでしょうね。
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月形樺戸博物館のページ

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「翼よあれがパリの灯だ」という映画は、リンドバーグが大西洋横断無着陸飛行の成功を映画化したものです。
そのリンドバーグが、根室に来ていた事を知りました。
歴史上の人物が、この北海道の根室に来ていたのです。

 

 

昭和6年8月24日、前日の濃霧で視界が悪く、一旦、国後島(くなしり島)の川口に着水していたシリウス号は、その日の朝、新聞社の飛行機に導かれ、花咲小学校の前の海岸に着水しました。
この時は、滑走路を使う車輪ではなく、水上に着水するフロートを付けて飛行していました。
リンドバーグがアン夫人と立ち寄ったのは航空路調査のためでした。

 

 

大歓迎式が行われた花咲小学校には、沢山の人が集まったそうです。
この時、濃霧の中を、アン婦人と交信しながらシリウス号を誘導したのは「落石無線電報局」です。
その適切な誘導に、二人は「無線局」をわざわざ訪れて感謝の意を表したそうです。
「落石無線電報局」は、その2年前にも、日本に向けて飛行中のツェッペリン伯号との交信にも成功するという功績を残していました。

 

 

1つ新しい事を知るたびに、なんだかドキドキしてくるね。
リンドバーグが降りるに降りられなかった深い霧は、私たちが今回の旅で経験したような霧だったのかもしれません。
何もかも見えなくしてしまった霧は、実は、リンドバーグと根室とを強い絆で繋ぐ、電波の架け橋になっていたんだね。

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根室市ホームページ 『ねむろむかしがたり』

 

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