北海道・札幌発・だべさ通信5

礼文島の伝説 利尻昆布は神様のお告げで見つかった?

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礼文島で仕事をしている旦那さんの友人がやってきました。
もう10年も島で暮らしているのだから、休みのときは島の隅々を探検しているんだろうなあと思いきや、なかなかそうもしていられないんですと。
私の『島の様子はかわったでしょうね』と問いに、
彼は「いやあ、なんも変わってないよ。新しいトンネルはできたけどね」と言いました。


礼文島は、北海道の最北にあって、多くの観光客の人が訪れる島だけど、観光ズレしていない素朴さな島。
その位置的なこともあって、平地で貴重な高山植物が沢山見られるため、『花の浮き島』って言われています。
大きなリュックを背負った若者たちが、心を癒しにくる所でもあります。
すぐとなりには利尻島があって、両島へ行く船は稚内の港から出ています。


日本の最北の島だけど、昔からアイヌの人達は住んでいたし、江戸時代にはすでに和人も住んでいたそうです。
伝説もけっこうあるもね。
『北海道の昔ばなし』という本に載っていた、礼文島に残る伝説のお話をご紹介しますね。

■ 利尻昆布は神様のお告げで食べられるようになった

むかしむかし、礼文島に、とても信心深い漁師の夫婦が住んでいたんですと。
漁師は、毎日必ず漁に出かけるまえには神社に寄って、お供え物をしてから漁に出て行きました。
” 今日も魚が獲れます様に・・・ ”
けれど、漁師の願いもむなしく、魚はしだいに獲れなくなりました。
毎日毎日、漁師は漁に出るのですが、さっぱり魚がとれません。
その日も、魚はたったの2匹でした。

 

漁師は、神様のお供えする分と自分たち夫婦の分と、3匹は欲しかったのですが、2匹ではどうしようもありません。
仕方なく、1匹を神様へ、残りの1匹を、夫婦ふたりで分け合う事にしたのです。
それから何日たっても魚は獲れず、そのうち冬がやってきました。
仲間の漁師たちもやはり魚は獲れず、村人達は少ない食料で冬を越さなければなりませんでした。
それでも漁師は、神様へのお供え物だけは絶やしませんでした。

 

ある日、漁師が神社を通りかかったとき、神のおつげがありました。
”” この先しばらくの間は、魚は獲れないであろう。そのかわり、海の岩肌にくっついている黄金草を取るのじゃ。この海藻が、お前を救うであろう〜〜・・””

漁師は神様に言われた通りに船を出し、岩肌のあたりを覗いてみると、そこにはびっしりと長い海藻がくっついていました。
漁師は、自分だけが独り占めをしてはいけないと思い、漁師仲間と一緒に取りました。
それが昆布でした。

 

ここの昆布は特別高く売れて、文字通りの黄金草となりました。
それが有名な『利尻昆布』だったんですって。
= おしまい =

 

それにしても、この漁師さん、いい人だね。
神様も、毎日お供え物をもらっちゃうし、手を差し伸べたくなったんだべね。
私だったら、魚が2匹しか獲れなかったら、当然、神様には我慢してもらうしかないべさやって思っちゃうけどなあ。

ああ、懐かしいなあ〜。また行きたいなあ〜。
あれからもう何年たつかしら・・・

なんだか急にムズムズして、以前礼文島に行ったときの写真を引っ張り出してきました。
これは、礼文島の澄海岬(すかいみさき)です。
透明度はハンパじゃない。

                             <2007 / 7>

こちらは猫岩。猫が背中を丸めている後ろ姿に見えるっしょ。

こちらが礼文島の民宿から見えた利尻島の利尻富士でございます。

旅人を見送る民宿の人達。
♩とおい〜 せかいに〜 旅に〜 でようか〜
ここは〜 礼文だ〜 わたしの島だ〜 ♩
って歌を歌いながら、
『いってらっしゃ〜い』と言って見送ってました。
                                                                                                       <2008 / 6>

 

こちらは見送られる若者達。
『いってきま〜す』と言って、別れを惜しんでいました。
若いっていいなあ〜〜。

 

最北の島、礼文島、またいつか、訪ねてみたいと思います。

 

 

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