北海道・札幌発・だべさ通信5

その時代に生きて

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「『てっきー!敵機ー!』誰かがそう叫ぶと、みんなバケツとか、スコップとかを頭にかぶるんだよ。私なんか笹薮に逃げたからダニがあちこちついて大変だったさ。牛なんかみんな先にやられる、ありゃ目立つんだなきっと」
実家のお墓参りの帰り道、母がまた、昔の話を始めました。
なるほど、確かに上空から見るホルスタイン牛は、ごま塩みたいで空からだと狙いやすいかもしれない。
「バケツかぶったって、尻隠さずだべさね、はっはっは」
今じゃ笑って話すけど、当時は戦争だったから生きるか死ぬかだもんね。

 

 

亡くなった父は、ぐてんぐてんに酔っぱらう度に、戦時中に身に付けていたゲートル(足首から膝まで包帯のように巻いて、歩きやすくするもの)と、自身の指を切り、その血で名前を書いたというハンカチを広げ、自分の乗っていた呑龍(どんりゅう)という飛行機の事を話しては泣きました。

 

 

子供だった私は、父の背中のキズ跡を見てもなーんもだったから、一度だけ「人、殺したの?」と聞いてしまった事がありました。
「一人だけな・・・」
ぽつりと話した一言に、その時さずがに子供心だった私にも、残酷な事を聞いてしまったのだと気がついたものです。

 

 

今、甲子園で白球を追いかけている高校球児も、戦地に行った少年兵士も、同じ少年だったはず。
それは、ほんのボタンの掛け違いほどの時代の違いだったのですね。

 

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