北海道・札幌発・だべさ通信5

物を大切にする心をアイヌ民族から学ぶ

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萱野(かやの)志朗さんの公演を聞く機会がありました。
萱野さんは、北海道の平取町二部谷という所に住んでいて、父親の萱野茂さんが残した『萱野茂二部谷アイヌ資料館』の館長をされています。
先月、偶然にも、その資料館に行って来たので、どんな方なんだろうと、とても楽しみにしていました。

 

 

親子だから当然かもしれないけれど、お父さんにとてもよく似ています。
お話も私にもわかるように説明して下さいました。
その中でとても印象に残った話しは、アイヌの人たちにとっての神様という存在です。
私が思う神様よりは、たくさんいて、いつも傍にいるんです。
川の神様、山の神様。
獲物の鹿には鹿を司る神様がいて、何頭を地上に送るかは、その神様が決めます。
鮭には鮭の神様がいて、どのくらいの数の鮭を川にそ上させるかを決めます。
生き物達は、みな、神様の決めた数の世界で暮らすのです。

 

 

アイヌ(人間)も、自然の中の一部なのだから、自分たちだけが沢山獲物を穫っていいわけがありません。
『アイヌ民族は、自然から、自然の利子だけを採って生活していたのです』

 

 

私の中の神様といえば、手稲神社に初詣とお祭りに行く時と、頼み事があるときに、都合良く心の中に登場してもらうだけ。
それじゃあ神様だって、願い事なんか聞いてやりたくないべね。
”おまえ、都合いいときばっかし来るべさ”とか何とか言われそうだも。

 

 

私の心の中にいる身近な神様のようなものと言えば、それは『良心』かもしれないです。
”ぽぷらよ〜、そのキャベツの茎は捨てるのかい〜?”
あ、いえいえ、そんな事はしませんよ、ちゃんと刻みますよ・・・・・
でも、神様があっちを向いているときにポイ!っと投げちゃう(捨てちゃう)時もあります。

 

 

”ぽぷらよ〜、そのスカートはまだまだ履けるんでないかい〜〜〜痩せれば・・・”
そ、そうですよね、頑張って痩せます〜〜〜。
とか言いながら、断念してポイ!・・。
『良心』という神様に、いつも見られていると意識すれば、もっと物を大切に扱う事ができるかもね。

 

”ぽぷらよ〜、まずはあんた、こそっとやる つまみ食いやめれば〜〜〜”
はは〜!ごもっともでござりまする。

 

平取の『萱野茂二部谷アイヌ資料館』に行ったときの記事

 

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