北海道・札幌発・だべさ通信5

『赤い靴』は北海道から旅立って

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朝、くしゃみと鼻水が・・・
昨晩はひんやりしたもんね。やっぱし秋の気配だったのか。
ほら、空が高くなり始めたと思いませんか?

 

 

(この空は。ポチっと二段階で大きくなります。)

横浜のお土産に、マッチ箱のような、かわいい箱に入った『赤い靴』のチョコレートを頂きました。

 

 

『赤い靴』の歌『赤い靴 はいてた 女の子
異人さんにつれられて 行っちゃった』
は、私たちの世代なら、一度は歌った事のある、ちょっと寂しい歌ですね。
でも私は最初、『いい爺さん』→『良い爺さんに連れられて行った』と思っていたんです。

 

 

この子の名前は『きみちゃん』と言うそうで、『赤い靴』には物語がありました。
”静岡に住んでいた母親の「岩崎かよ」さんは明治35年7月、18才の時に未婚の母として、きみちゃんを産みました。親子は生活の為に北海道に渡り、かよさんは開拓農場で働き始めますが、生活は苦しく、女手一つで子供を養っていくにはあまりにも厳しすぎました。
そして、きみちゃんが2歳の時、泣く泣く、宣教師をしていたアメリカ人、ヒュイット夫妻に養女として託します。
後に、かよさんは鈴木志郎さんと結婚しましたが、幼い「きみ」ちゃんへの思いはつのります。夫の志郎と親しかった「野口雨情」は、この話しを聞いて、母が子を思う切ない思いを歌にしたのでした。
けれど、現実はさらに厳しく、きみちゃんは、当時は不時の病だった結核に侵されてしまった為、船には乗れず、孤児院(東京・鳥居坂教会)で9才の短い生涯を終えました。
当時、かよさんが住んでいた北海道留寿都(ルスツ)の赤い靴公園には、きみちゃん母子の母思像が、今でも遠くの方を見つめています。”

 

赤い靴の歌詞は4番まであるんですね。
『♪今では青い目になっちゃって 異人さんのお国にいるんだろう♪』
自分の事など忘れられてもかまわないから、幸せに暮らしていてほしい。目の色なんか青でも赤でも緑でも、なんでもいいしょや。元気でいればそれでいいと願う母の気持ち。親っちゅうのは、そういうもんなんだという事を、自分が親になって初めてわかった親不孝者でございます。

 

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