北海道・札幌発・だべさ通信5

あと少しで消滅、手稲山の残雪

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遠くから見える手稲山の残雪が、あとこんだけになりました。
もうすぐ、深い緑に飲み込まれてしまうでしょう。

プチ、手稲山紹介・・・
手稲山は1972年に開催された札幌冬期オリンピックの競技場になった。
前年に行われたプレオリンピック大回転競技を見に行ったとき、粉雪と共に現れた外国選手にハ〜イ!と笑顔を飛ばされ、免疫力のない15歳の自分は心臓が止まりそうになった。

『青年よ大志をいだけ!』のクラーク博士も、冬に生徒達と一緒に手稲山を登っていた。
下山の時になって天候が悪化した事もあり、クラーク先生は、親達から ”なんちゅう無謀な事をするんだ!” と、非難されちゃった。

山頂には、各テレビ局やラジオ局、その他のアンテナがいっぱい立っている。
以前ここでビデオを撮ったとき、画面いっぱいに横波とテレビ局の文字が現れた。

山の中腹に温水プールがあった。

昔、”スキー遠足” というのがあった。
背中にタオルを入れて汗をかきかき滑ったあと、帰りはスキー場から道路を滑って帰ってきた。
車はめったに通らなかったので、これが一番長いゲレンデになった。

現在、冬には外国の観光客や本州からのスキー体験授業の子ども達が、
夏には、涼しい所でプレイができるゴルフ場が人気のようだ。
もちろん、道路をスキーで滑ってくる者は、もういない。


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