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茨城の伯父さんの葬儀が終わりました。
伯父さんは爺ちゃん(義父)の弟で、単身で茨城に渡って会社を起こして社長さんになりました。
伯父さんの会社は機械を扱う会社だけど、子供の頃は、手稲(札幌)で ひい爺ちゃんの牛舎の仕事を手伝ったり遊び場にしたりして育ったそうです。
牛の仲買人の事を、昔は ”ばくろう” と言って、牛を売った変わりに米や野菜などと交換したりしたそうで、北海道では今でもそのなごりで ”交換” する事を ”ばくる” とか、”ばくりっこ” とか言ったりします。
「以前、家族でワンこを連れてドッグランに行った事があったのね・・・・」長女さんが話しはじめました。
「そしたら、そのドッグランの傍に、痩せた牛が一頭繋がれていたんよ。みんな犬達を見ているのに、父さんたらそのへんの草をむしっては何度も牛に食べさていたの。『栄養が足りないな』とか言って。きっと痩せた牛が放っておけなかったんだね」
子供の頃から体にしみついた記憶って、大人になっても奥深くに、ちゃんと残っているものだよね。
伯父さんや爺ちゃんは牛達と一緒に暮らしていたから、たとえば牛の姿や鳴き声や、しぐさなんかでも、牛の気持ちがわかっちゃったんだろうね。
そういえば、婆ちゃんが岩手の人と話すと、いきなり岩手言葉に戻っちゃう。
幼い頃の記憶って、自分を癒してくれる大切な記憶でもあるんだね。
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ということは茨城へ行ってきたのですね
旅からまだ日も浅く もう一度 道外とは?
お疲れになったでしょう? 旅から戻ってきた後で良かったですね
昔の記憶って 沁みついていますよね
痩せた牛に?・・・素朴な優しさに ぐっときます
私の母かたのおじいちゃんも 酪農をしていました
食べるのに大変だったころ 馬をどうしても1頭売らないとならなくてそれが競馬の馬になったそうです?友達に誘われてどうしても競馬場へたった一度行ったことがあるそうですが?レース中?当たり前ですが 馬のお尻をたたいている姿を・・・・見て涙が出てとまらず1人帰ったそうです なんとも優しいおじいちゃんでした
私は会った事がなかったけれど?母から聴いてジンときました
お葬式でしたか。「遠い記憶は消えない記憶」ほんとにそうですね。
いつもぽぷらさんの文才にはほのぼのとしたあったかい癒しを
感じます。
2度の道外への旅お疲れ様でした。ゆっくり疲れをとってくださいね。
上高地もすてきに撮られていますね。
カモはひとなつこいですが餌やりは禁止になっています。
道端にヨモギが生えていたのを知らずにとっていた旅行者は
注意されていました。パトカーが出動した日もあって何事かと
思いましたら珍しい蝶を採取したのが見つかって通報されたようです。
自然を大切に守るためにはルールを守ることですね。
遠くでのお葬式、お疲れさまでした。
茨城県あたりだと、お葬式で出されるお料理なんかも
北海道あたりと違ってたりしませんでしたか?
9月に2つ法事があったのですが、
どちらもお黒飯がついてきて北海道だなぁと思いました。
話は変わりますが、↓でわさび田の上にかけてあるネット。
たしか日よけだったと思います。
私が見たのは伊豆方面でしたが。
ネットのかわりに木を植えて日よけを作るところもあるそうです。
去年おばあさまがお見舞いに行かれた茨城の方ですか。お悔やみ申し上げます。 ぽぷらさんもお疲れではないですか。私のうちもじぃちゃんのすぐ上のお兄さんが5月に亡くなりました。ゴールデンウィークの最中だったので、チケットもとれず、御香典と電報を送っておきました。仲が良かったのでじぃちゃんもショックだったみたいです
すみれ さんへ
とてもいい話しですね。
自分が可愛がっていた馬を叩かれているのをみて、悲しくなってしまわれたのですね。
優しい、おじいさまですね。
dream さんへ
自然を間もrいために、とても厳しいのですね。
たった一本でも、大勢の人が同じ事をしたら凄い量になってしまいますもね。
草をむしらなくっていかったなあ・・・・自然へのマナーは守らなくっちゃ。
もみじさんへ
日よけだったんですね!
教えて下さりありがとうございます。
木を植えて日よけを作るという所も。とてもいい考えですね。
へろへろさんへ
歳をとると、体力的にも、遠出はムリになりますね。
会いたい気持ちを考えると、とても可哀想です。
お爺様も、辛かったでしょうね。