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私は実際に行ってみて、すんごいな〜と思った所の1つに、洞爺湖有珠山ジオパークがあります。
ジオパークとは地球的規模に価値がある遺産として認められた所をいうそうです。
洞爺湖有珠山ジオパークは日本で最初の世界ジオパーク。

 

洞爺湖周辺は、今まで何度も火山活動を繰り返してきたそうで、ここは2000年(平成12年)の有珠山の爆発によって地形が大きく変形し、道路や建物も火山灰に埋もれたり、地面の隆起や陥没で崩れてしまった所を、そのまま保存してあります。

 

 

こちらは以前撮った写真。
湯気が上がっていますね。
小高い山がいくつもある中に、折れている電柱があります。
50キロ制限のプレートが付いている、ってことは、ここはけっこう広い舗装道路だったんですね。

 

 

次はこちらの写真。
手前が大きく陥没していいて、その向こうに建物が見えます。
この建物はね、北海道銘菓『わかさいも』の当時の工場です。
何度か見学したことがあります。
帰り際に、出来立ての美味しい ”わかさいも” がもらえたんですよ。
もちろん、現在は別な工場で作られて、今でも北海道の名菓です。
( ” いも ”だけど、原料は大福豆の話し)

 

洞爺湖有珠山ジオパーク

 

さて、次はこちら。
大きな穴の斜面からは、もんもんと水蒸気が上がっています。
その中をよく見ると、外に飛び出してしまった土管が見えます。
下の写真は、道路だったところ。センターラインが残っているのでわかります。
地球は大きな生き物なんですね。

 

 

このとき、洞爺湖温泉から乗ったタクシーの運転手さんは地元の方で、
「私が生まれてから、噴火で、2度も家をなくしてしまったよ。それでも、ここがいいんだな~」って話をしていた事を思い出します。
四半世紀に一度は噴火すると言われている有珠山なのに、愛着を持って火山と共に生きているんだなあって思いました。

洞爺湖有珠山ジオパーク

 

※そうそう余談ですが、北海道民の多くの人は(私も)、洞爺湖(とうやこ)の事を、『どうやこ』と『と』に濁点を付けて呼んでいます。
なしてかわからないけどね。

 

洞爺湖有珠山ジオパーク

 


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旅行の秋ですね〜。北海道を旅行される方も多いと思います。
北海道の東の湖、摩周湖には、巨大なザリガニが住んでいるというお話をご存知でしょうか。
1メートルくらいもあった!なんていう噂もある。
まっさか〜〜〜、マユツバでないの〜〜・・と、始めは私も疑いましたが、本当かもよ。

 

摩周湖                                      摩周湖展望台からの景色             <2010/7>

 

摩周湖には、もともとエゾサンショウウオくらいしか住んでいなかったそうです。
それがね、食料不足を補おうと1926年以降ニジマスやウチダザリガニ、ヒメマスが放流されました。
ウチダザリガニは、アメリカからやってきたそうですよ。

 

 

普通のザリガニの大きさは、せいぜい15~18センチくらいなのに、摩周湖のザリガニが1メートルだなんて、そんな大きなザリガニがいることがどうしてわかったのでしょう。
それはね、”ニジマスやヒメマスを捕るために仕掛けた密猟者の網に、巨大なザリガニが捕獲されたことがある”  からです。
1975年に見つかったザリガニの体長は47cmもあったそうで、こりゃ1メートルもまんざらウソでないかも・・・・となったわけです。
摩周湖で生物を捕獲するには、特別な許可を得なければならないので、勝手に湖畔に降りる事はできません。
だからこの話しは、あくまでウワサ・・・・・。

 

 

現在でも、ウチダザリガニは繁殖していることが確認されているそうです。
餌が豊富で天敵もいないので、どんどん巨大化したのかな。
怪獣みたいになったザリガニ達は、今でも摩周湖の霧にまみれて、湖底に潜んでいるのかもしれません。
信じるかどうかは、あなたしだいですよ・・・・・

 

 

摩周湖にはこんな言い伝えも・・・
■カップルで摩周湖を訪れ、霧で湖面が見えなければ2人の卯ぃは永遠。
■未婚者が霧のかからない摩周湖を見ると婚期が遅れる。
■お金持ちが摩周湖を訪れると霧に閉ざされ、貧乏人が訪れると晴れる。

 

摩周湖

摩周湖展望台からの景色 <2010/7>


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昭和のオロフレ峠看板PR



今から48年前(昭和44年)の修学旅行の8ミリフィルムです。
私が通った手稲(札幌)の小学校のクラスメイトは23人ほど。
先生が撮ってくれた8ミリフィルム映像から、懐かしい画像を切り取ってみました。

 

 

画像は修学旅行2日目です。
バスは洞爺湖温泉からオロフレ峠を通って登別の地獄谷へと進んでいます。

 

■ 昭和のオロフレ峠は 1つ間違えれば真っ逆さま

当時のオロフレ峠は、今から思えばすんごい急斜面の崖っぷち。
バス同士がすれ違う時は、どちらかが道を譲るか、もしくは華麗なハンドルさばきでバスを操る他に方法ななし。
そんなこととはちーっとも知らない私たち子どもは、楽しそうにバスに揺られていたんですね。
もし私が先生だったら、” 動くな騒ぐな! ”って、子ども達に大声はりあげていたかもね。

 

バスとすれ違うときの映像でしょうか。
なんだか大人達が緊迫しているように見えなくもないんでない?

昭和 オロフレ峠

 

こちらに、当時の道を思わせる写真があります。
2016年の10月に撮影したものです。
白い・・・・の部分が昔、道路だった所です。

オロフレ峠
あれから新しい道ができたため、オロフレ峠の当時の道は使われることはなくなり30年という月日が流れました。>>

 

さて、バスはオロフレ峠を無事に乗り越えたからでしょうか、車内ではみんなでアイスキャンディーを食べています。
このアイスの棒って、たしか、割り箸だったように思うわあ。

 

 

■ 登別温泉の地獄谷、以前はもっとボコボコ湧いてた

バスは、親孝行な女神が作ったと言われる登別温泉の地獄谷に到着しました。>>

 

 

当時の方が、もっとボコボコグラグラと地獄が湧いていて、煙りもいっぱい出ていたように思えます。

 

こちらの現在の写真がありますので、見比べてみることにしますね。
どうでしょう?

登別温泉 地獄谷

 

48年前の一泊二日の修学旅行は無事に終わりました。
今になってこうして見られるのも、先生が8ミリで映して下さったおかげですね。
私もちゃんと写っていました。向かって右から2番目ね。おほほほほ・・・
最後まで見て下さり、ありがとうございました。

※ 修学旅行1日目の様子はこちら


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明日は定山渓温泉で、小学校のクラス会があります。
数年前から、60歳のときが来たらみんなで温泉に行って泊まろうと話し合っていました。

 

私が通った手稲の小学校は、学年が1クラスずつで、クラスメイトは23人くらいだったかな。
当時はまだ札幌郡で、木造校舎には幼稚園、小学校、中学校が一緒でしたから、みんな一緒に育ったようなもんですね。

 

 

月日は流れて私は偶然にも嫁に来たところが故郷の手稲。
長女が小学生のとき、学校のクラブの北海道大会を見に行ったときに偶然に先生を舞台で見かけ、アンケート用紙にダメもとで自分の名前を書き入れたところ、翌日、電話がかかってきました。
先生は、「覚えているさ、あのころはボクにとっても忘れられない時代だったよ」と言って下さり、いてもたってもいられずにクラス会を計画しました。
今から20年もまえのことです。

 

さて、前おきが長くなりました。
小学校の6年生と言えば楽しみなのが修学旅行だもね。
今なら、小ちゃい子でもどんどん海外まで行くけど、当時は一泊でもそりゃもう大変なイベント。
この時は、現在なら札幌から2時間もあれば行ける洞爺湖温泉が宿泊地でした。
だから先生も、安いお給料から奮発したんだべね。
8ミリカメラを買って、修学旅行の様子を撮影しました。

 

 

その8ミリフイルムで取った映像は、数年前にDVD化され、私たち生徒に渡されました。
登場する子ども達は、今はみんなジジババに変身しちゃったけどね、よく見ると、その背景も現在とは随分と様子が違ってますよ。

 

 

■ 今はない札幌市営バスで修学旅行

まずは、今から48年前(昭和44年)の札幌市営バス!
薄い肌色に赤い線が入っていました。
札幌市営バスは、現在は走っていません。

さあ、洞爺湖が見えてきました。

 

 

■  洞爺湖の歌がある

可愛らしいバスガイドさん。
小学校の修学旅行には、新人のガイドさんが乗ることが多かったようです。
このバスガイドさんはきっと20歳くらいでしょうか。

洞爺湖の歌があって、ガイドさんが

♩とうやーこ とうやーこ とうやーの こ〜は〜ん〜・・・♩
と、きれいな声で歌いました。
あとで調べてみると、『洞爺湖畔の夕月に』という歌でした。

♪♪君をたずねてめぐれば湖は 碧い愁いの瞳をうるませて
きょねんの道に草の花咲き 旅の口笛せつなく消える
洞爺湖 洞爺湖 洞爺の湖畔♩♩

 

バス車内の、ガイドさんの上に見える時計を見て、旦那さんは
「懐かしいなあ〜」ですって。
ああ、そういえば、昔のバスにはこんな時計が付いていましたっけね。

 

こちらは洞爺湖の旅館から出発するときの様子です。
旅館の人が、テープを持って見送ってくれています。

 

■ 有珠山は20数年に1度噴火する?活火山

有珠山ロープウェイです。
定期的に噴火を繰り返している有珠山は、このあと1977年(昭和52年)と2000(平成12年)にも噴火。
2000年の噴火では、火山灰に覆われた家や工場など、その地域は現在 有珠山ジオパークとして保存されています。

■煙りがモクモクだった昭和新山

こちらは昭和新山です。
昭和18年(1943)から、たったの2年足らずで麦畑からいきなり隆起した溶岩ドームが昭和新山。
修学旅行のときの映像では、まだ煙りがモクモク出ていたのがわかりますね。
にもかかわらず、映像では子ども達がどんどん山に登ったりしてましたよ。
下の写真が現在の昭和新山です。
煙りがほとんどなくなっていますね。

 

 

昭和44年ころ

修学旅行はこのあとは、オロフレ峠から登別の地獄谷へ進みます。
続く・・・・・

 


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旦那さんの友人が育てたトウキビ。
素人とは思えないほど立派な出来ばえです。
もぎたてだからすぐ茹でなくっちゃ。
なしてか知らないけれど、トウキビは、もがれた時からどんどん甘みが消えていくように思います。
トウキビは、
” うぉ〜 養分が来ね〜〜 こうなったら最後の手段!自分の糖分を減らして行きてやるウ・ ・ ・”
・・・と、エネルギーを使い始めるのではないかと思うからです。

トウキビ

 

 

だから、農家さんの道ばたで売ってる茹でトウキビは、もいですぐに茹でるっしょ、ホーント美味しいもね。
甘くて瑞々しくて、かじるとじゅわ〜〜っと汁が飛び出して。
だからこのトウキビも早く茹でてしまわないと。

 

皮をむくとヒゲがいっぱいだね。
ヒゲってっているけど、本当は『めしべ』なんですって。
だから1つぶの実に1本の ヒゲ めしべが生えているそうです。

トウキビ

 

■ トウキビの食べ方

食べ方はね、だいたい親指で粒を引っ掛けて落として食べる方法と、そのままかぶりつく方法ね。
親指の腹でじょうずに粒を落とすとトウキビの粒が並んで取れる。
その数が多いとなんだか嬉しくなっちゃうんだな。
かぶりつく方法はね、上の歯は固定して下の歯で粒をひっかけるとポロっと口の中に入ってくる。
これができなかった子どもの頃は、まあ、くっちゃくっちゃだったもね。

■  日本全国 呼び方がメチャ多い

よくトウモロコシって言うけれど、北海道では、だいたいトウキビって言ってます。
そうそう、いつだったか ”トウキミ” って言っていたおばさんがいましたっけ。
調べてみると、日本全国トウキビの呼び方は色々あるそうです。

 

ウィキペディアによると、あぶりき(福井県大野郡)、かしきび(新潟県中越地方、佐渡)、とうきみ(山形県南部、福島県西部、群馬県北部など)、とうとこ(島根県北部など)、まごじょ(宮崎県の一部)、はちぼく(三重県伊勢、岐阜県の一部、滋賀県の一部)、なんばと、なきぎん、ふくろきび、まんまん・・・
とうもろこし と呼んでいるのは 関東地方、沖縄県など・・とありました。
ちょっと数えただけでも、その呼び方はなんと30以上。

私が『トウモロコシ』よりも『トウキビ』という言葉のほうがしっくり思えてくるように、故郷から離れて暮らしている人が、トウキビのことを聞き慣れた言葉で聞こえたら、”それだよ〜〜” って、一気に心が故郷に飛んじゃうんでないべかね。

どこに行ってもある物なのに、それぞれの故郷を思い出させてくれる食べ物って、トウキビより他にないかもね。

 

トウキビ

 


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