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北海道の日本海側にある積丹半島は、積丹ブルーって言われるほど、すごーく奇麗な海が広がっています。
岩場の海岸には奇岩が続き、中でもローソク岩は、積丹の有名な岩の1つです。
ローソク岩は形もさる事ながら、わんさかやってきたニシンのウロコが岩に重なり、本当にローソクのように光っていたからローソク岩という名前になったなんて話もあります。

 

 

『ローソク岩は、昔はもっと太かった。それがある日、ドッカンという音とともに、まっぷたつに割れてしまった。』とされています。
それが今日の北海道新聞に、ローソク岩の割れた年月日が1941年の7月と判明したという記事が載っていました。
事件が起こる前の年、1940年にマグネチュード7.5の地震が起こり、これが原因で岩に亀裂が入り、その1年後の7月に、岩は絶えられずに倒れてしまったというのです。

 

 

驚いた事に、割れる前の、まだ太っていた頃のローソク岩の写真も掲載されていたんです。

でも、さらに衝撃的だったのが、右の『今年壊れた部分』の写真。
今年崩れた部分?もっと細くなったの?!
思わず新聞に顔が近づいちゃう。
おお〜〜本当だ!先っちょが細くなってる!

積丹ローソク岩の歴史

 

 

そこで、数年前に旦那さんが写したローソク岩の写真を探してみました。
これは2012年9月の写真です。

ローソク岩

 

 

先の部分を拡大すると・・・
確かに、新聞の写真と同じ形です。

積丹ローソク岩

 

・・・・・・・・・・・・
ローソク岩には伝説があります。
昔、海の女神が人間の若者に兜と剣を渡し、赤い光を出す怪物の退治を頼みました。
その戦いの凄まじさに、とうとう若者は海に消えてしまいます。
けれど、若者は確かに、その剣で怪物を突き刺し、倒していました。
このローソク岩は、若者が怪物を突き刺した剣の握りの部分だったのです。
・・・・・・・・・・・・

 

 

だんだん細くなるローソク岩。
もしこの岩(剣)が、これ以上崩れたら、怪物が再びこの世にでてくるかもしれない。
どうか、このまま、立ち続けてくれますように。

積丹地図

 

 

2013年の神威岬(カムイみさき)の写真もありましたので。

カムイ岬

 

 

積丹 神威岬

 

 

積丹 神威岬

 

 

積丹地図

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北海道の古平の昔話。

古平にはチョペタン川(チョピタン川)というの川が流れています。
そのチョペタンの傍に『運上屋(』うんじょうや)があったそうです。
『運上屋』とは、和人とアイヌの人たちとの交易所の事です。

 

 

ある日、運上屋の二ハ地蔵さんは、数の子(ニシンの卵)をしまっている蔵の中から、大量の数の子なくなっている事に気がつきました。
見ると、草を踏み分け歩いた足跡らしきものが残ってる。
ドロボウか!

 

 

それから数日したある日、またも蔵でガサゴソと音がするので行ってみると、間違いなく誰かが蔵に忍び込んだあとのようでした。
翌日、近所の人たちが集まり捜索開始。
見れば数の子が点々と川のほうに落ちています。
その跡をたどって川を渡り、草むらまで行ってみるとなんと、そこには熊が寝ていました。

 

 

「やべ!熊だべ! 」
そっと近づいてみたところ、なんか様子がおかしいんでないかい。
熊は息もたえだえです。

 

 

「こっちは大人数だ、縛っちまえ」
熊は縛られて運ばれましたが、途中で死んでしまったそうです。
その後、熊のお腹からは沢山の数の子がでてきました。
お腹いっぱい数の子を食べた熊は、そのあと水を飲んだ事で数の子が膨張し、死んだのではないかと言われています。

 

 

江戸から明治にかけての数の子の保存方法は干し数の子が一般的だったそうです。
塩数の子が作られるようになったのは、明治の終わり頃(明治30年代以降)になってから。
北海道の数の子が海を渡って本州に運ばれる事を考えると、このお話に登場したのは、干し数の子だったのではないかと想像しました。
干し数の子をお腹いっぱいの数の子を食べた熊が、水を飲んだとしたらもう、お腹の中はパンパンだべね。

 

 

北海道には、氷下魚(コマイ、カンカイとも言う)っていう魚の干したものがあってさ、その身をむしって一味マヨネーズを付けて食べたらまず美味しい珍味なんだわ。
これを食べ過ぎると、あとでお腹がパンパンになっちゃいます。
だから、この熊の気持ち、ちょっとわかるわ。

古平のトンネル

 

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先日、通ってきた積丹半島にある古平町。
北海道の昔話という本に載っていた古平のお話。
それはニシンがわんさと穫れていた頃と言いますから、明治から大正にかけて、もしくは昭和の初め頃のお話かもしれません。

 

ニシン漁は春。
この時期は、北海道の日本海側に沢山のニシンがやってくるので、それこそ、かなりの男手も必要になります。
そこで漁師の網元は、各地から労働者を雇いました。
彼らの事は『やん衆』と呼ばれていました。

 

古平もそうした場所の1つです。
昼間のニシン漁を終えたやん衆たちは、夜になると飲み屋さんへとくり出すのでした。
今も昔も、若い人たちは力が有り余っていたのでしょう。何人でかついだのはわかりませんが、願雄寺というお寺のお地蔵さんを、お蕎麦やさん前にドッカと置いていったんですと。
朝になって店の前に現れたお地蔵さんに、おそば屋さんは、もうびっくり!
北海道ふうに言うと、『どってんこいた』わけです。

 

ほんとなら、『こんな事をしたのは誰だあ!』となるところですが、さすが、お蕎麦屋さんでございます。
『このお地蔵さんは、ウチのお蕎麦がウマくて、たらふく食べたもので、動かれなくなったんだべや』という事にしました。
それからというもの、お蕎麦屋さんは『お地蔵さんも食べたくなっちゃったウマい蕎麦屋』という事になりました。

 

願雄寺に戻されたお地蔵さんも、『蕎麦食い地蔵』と呼ばれるようになり、古平ではちょっとした有名地蔵になったそうです。
やん衆たちのイタズラを、チャンスに変えちゃったお蕎麦屋さんは、今も昔も変わりなく、商売に通じるものがあるのかもしれませんね。

古平の海

 

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国道229号線を通って古平役場を過ぎると、T字路の真正面にどっしりと現れる『中央旅館』。

Tの路の正面にあるから、いやがおうでも目に入る圧倒的な存在感。
ここにくると、ああ、古平に来たあ〜って感じがします。
まだまだ現役の旅館です。

古平の旅館

 

 

もう1つ、年期の入った旅館の建物がありました。
そこは角地ですが、建物が四角ではなく、角を落とした5角形で、3方向が道路側に面した作りになっていました。
2階の障子の丸い窓がオシャレな小さな旅館。
玄関のガラス扉には『能登屋』って文字が書かれていますが、今はもう使われていないようです。

古平の旅館

 

 

古平の旅館

 

 

ガラス戸に書かれた旅館の名前やハイカラな軒、戸の上に付いている小窓。
昭和の真ん中生まれの私には、とても懐かしさの感じる建物です。
ニシンが穫れなくなる昭和の中くらいまでは、きっと毎日、わんさわんさと大勢の人たちが、この旅館を利用したんじゃないでしょうか。
古平の歴史を見て来た旅館ですね。

 

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美国(びくに)へは、小樽からずっと海岸線沿いに進みます。
その道すがら、車の窓から見た風景だけでも、読み方の難しい地名やトンネルなどがいくつも登場します。
その多くはアイヌ語だと思いますが、実際のところ私もよくわかりません。
ここからはウィキペディアなどを参考にちょっと勉強してみることに。

小樽の街を過ぎてまもなく通る『忍路隧道』。
ニンジ?シノビミチ?
これはオショロというアイヌ語を漢字にあてたんですね。

忍路隧道

 

 

どれどれ オショロとは・・・・『湾・入り江・尻のような窪み』の意味。
尻のような窪み?
実際の地図を見てみよう。
確かに、巨人がここでしりもちをついた、その跡かもしれないかたち?

 

 

ここから先、道路標識には積丹(しゃこたん)古平(ふるびら)の文字が。
シャコタンは『夏に住む村』。
大昔、日本が縄文から弥生時代になったころ、北海道では津軽海峡がその新しい文化をはばんでいたのか、卑弥呼のいた弥生文化が定着せず、縄文の文化を引きずっていました。
そのころ、このあたりにには、夏の間だけ洞窟などに住んで漁をしていた人たちがいることがわかっています。
もしかしたら、そんな意味があるのかもしれないですね。
(そんな暮らしがあったフゴッペ洞窟のお話
1000年のタイムマシーンに乗ったフゴッペ洞窟に残る古代の人達)

フルビラ(フレビラ)の意味は『赤い崖』という意味だそうです。

積丹道路標識

 

 

ワッカケトンネルに入ります。
ワッカケは『水を汲む所』

ワッカケトンネル

 

 

神威岬のカムイは『神』

アットマトンネル

 

 

厚苫トンネル。
厚苫(あっとま)は『群がる』。
もしかしたらニシンの事でしょうか。

左には、昔使われていた小さなトンネルが見えます。

積丹

 

 

群来(くき)
『群来』はアイヌ語ではないようです(???間違っていたらゴメン)
春になると、ニシンの群れがやってきます。
すると、オスの精子で海が白くなる、その現象を『群来』というのです。
この海には、間違いなく、ニシンが群れをなしてやってきたのでしょう。

 群来の看板

 

 

積丹の海

 

 

左に見えるのは、セタカムイ岩です。
セタカムイは『犬の神』という意味です。
アイヌの伝説に登場する岩で、沖に出たきり戻ってこない主人を待って、いつしか岩になってしまった犬の岩です。
遠吠えしているように見えるでしょ。
くしくも、この道を左に行くと、崩落事故が起きた豊浜トンネルです。
あの崖の下に慰霊碑があります。

セタカムイ岩

 

 

遠くに見えるロウソク岩。
いつか読んだ本によると、昔はもっと太くてタケノコ岩と言われていたそうですが、ある日、ドドーンという音とともに、割れちゃったそうです。
以前はもっと近くで見る事ができましたが、新しいトンネルが出来たために、海岸線を通って見る事はできなくなりました。
ちょっと寂しいけど、仕方ないですね。

積丹の海

 

 

あら、こんなに話が長くなりました。
ご覧頂きありがとうございました。

 

昔の人の残した忍路環状列石

豊浜トンネルの悲しい出来事

積丹のローソク岩は、昔タケノコ岩だった

知らないうちに積丹ローソク岩は細くなっていたことが判明

 

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