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叔母さんは、毎週、婆ちゃんにお線香をあげに来てくれます。
今日も、雪でツルツルの道を徒歩でやってきました。
お参りのあと、お茶をすすって、
「おばあちゃんは、まったく来ないねえ」と言いました。
叔母さんはおっとりした性格で、裏表のない自然体。
そのせいか、不思議な体験を色々しているらしいのです。

 

「ウチのお婆ちゃんがね亡くなったときあったでしょ。あのときはね、いきなりお爺さん(亡くなっている)が部屋のむこうから現れて、私の前を素通りしてね、お婆さんの方に行ったと思ったら、窓からスーっと抜けていったのよ」
叔母さんは、右手で左の上の方を指さしてから、その指を自分の前から右側に動かし、それから右上の窓と思われる方向に、スーっと一筆書きのような線を指で描きました。
それから、また湯のみ茶碗を両手で持って、ツツっとお茶を飲みました。
”そ、そうなんですか、お爺さんが迎えに来たのかもしれないですね・・・”

 

「弟が亡くなった時はね、紫の着物を来た子ども達がいっぱい現れて、グレーの洋服を着た弟が、子ども達を連れて行ったのが見えたしね」
!!
叔父さんは校長先生だったので、亡くなったあとでも、子ども達の傍にいたかったのかもしれない。
私は思わず、”色も見えるんですか?” と叔母さんに聞いてしまいました。
叔母さんは「ん、それがねー、見えるんだわ」ですと。

 

「そうそう、ほら、私の旦那さん、知ってるでしょ。まだ病院にいるときに家に来たのよ。私が夜寝ていたらね、丹前を着た姿でスーっと部屋に入ってきて、”仏壇にお参りに来た”って言うのよ。それから仏壇の中にスーって入っていったんだよ〜。まだ死ぬまえだよ」

 

私の想像の中で、亡くなられた叔父さまたちがやって来たときの情景が浮かびました。
ゾゾゾ・・・
「でもね、お婆ちゃん(うちの婆ちゃん)は、なーんにも出てこないの。きっと満足して逝ったんだね。私、そう思うわ」
叔母さんはそう言ってから、またまた、お茶をツツツーっと飲みました。

 

ここ数日、婆ちゃんは毎日のように私の夢の中夢に登場します。
けれどその姿はいつもの普段の婆ちゃんなので、何も怖いことはありません。
でも、もしそれが夢の中じゃなくて、叔母さまの話すような状況で見えてしまったら、私はびっくりこいて、もう一人じゃ仏壇の前には行けないかもしれない。

 

叔母さまの帰ったあと、湯のみ茶碗を洗いながら心の中で言いました。
『婆ちゃんだって、すっごい恐がりだったでしょ。だから現れるのは夢の中だけにしてよね』
婆ちゃんの遺影をチラリと見たら、
”どーすっかな〜” とニンマリしてました。

 

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早いもので、気付けばもう婆ちゃんの初七日です。
お坊さまがいらっしゃる時間の随分早いうちから、ポツリポツリと親戚の方たちがやってきました。

 

婆ちゃん世代の親戚が集まることは今までにも色々な場面でありましたが、私はいつも裏方でした。
ソファにどっかと座った婆ちゃんと、おばさま達の会話はまるでスズメの学校のようで、
『ウチはもう大根どっさり漬けたよ』と言われれば、
婆ちゃんは『ウチなんかあれだも、粕漬けだべ、ブドウ漬けも漬けたも』
とか言ってみたり、
『嫁さんに買ってきてもらったこのシャツがあったかいのよ』と言われれば
『おらなんかあれだも、爺さんのズボン下履いてるも。こーれがあったかいも、ね、お母さん(私のこと)』とか言ってみたり。
そんな会話を私は台所でお茶をいれながら
” はいはい、そうです、ほほほ ” と、ときどき間の手を入れればよかったのです。

 

 

それがです。
婆ちゃんというバリケードがいなくなってしまい、親戚のおばさま達のやり取りは、直球で私にやってきます。
「どうもどうも ぽぷらちゃん ご苦労さんだね」
「いえいえ、どうぞ座って下さい」

お茶を注いでいるときは
シ〜〜〜ン

 

「お茶をどうぞ」
「いやいやどうもどうも。今、ヒザの病院行ってきたとこなのさ」
「そうですか、歩くのは大丈夫ですか?」
「ん大丈夫なんだけどね」
シ~~~ン
話が続きません。

 

 

いきなりこんな場面で婆ちゃんがいない不便さを感じてしまうことになるなんて。
以前は、朝に来れば夕方まで、なんだかんだと話をしていたおばさま達でしたが、今日は2時間もすると、
「それじゃあそろそろ失礼するわ」と一人、また一人と帰っていきました。

 

 

婆ちゃんがいれば、たとえニュースキャスターのことを『ニュースキャラクターって学があるんだべな』と言ったって、生鮮市場のことを『せいしん(精神)市場は安いもな』と言ったってその場の雰囲気は保たれていたし、さっき話した話題を三度繰り返したって、それはそれで、話が盛り上がっていました。

だから今日はなおさら、私は改めて婆ちゃんのいない空気の薄さを、おばさまたちは婆ちゃんのいない寂しさを、感じてしまったようでした。

 

 

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そのとき婆ちゃんは目を少し開けて酸素マスクをつけていました。
口を開け、大きく肩で息をしています。
その うつろな表情から、残された時間は、あとわずかであることがわかりました。
おばちゃん(婆ちゃんの妹)が「ほら、姉さん、息子とポプラちゃんが来たよ!」と耳元で言っても、私が「婆ちゃん、来たよ」と肩をポンポンと叩いて声をかけても状況は変わりません。

 

 

婆ちゃんは、3日前に先生からお許しがでてプリンを食べたばかりでした。
お粥のような食事ばかりだったので、いつもと違う甘い味に、一口食べるなり
「あーうまい」と言って、入れ歯のないアゴをモグモグ動かし、私が次の1さじをすくう前にはもう口を開けてる。まるでヒナみたいでした。
それがもう、今では呼んでも声は届かない様子です。

 

 

しばらくして、看護士さんが血圧を計りにやってきました。
「アキさーん、わりますかあー、血圧を計りますね」
そういうと、婆ちゃんが ” うんうん " とうなずきました。
わ、婆ちゃん聞こえてる!
「婆ちゃん!来たよ、わかる?」
” うんうん "
おお!
「おばちゃん、婆ちゃん聞こえてるみたいだよ」

「なに、聞こえんのかい、姉さん!姉さん!」

・・・・・

意識はとぎれとぎれなのかもしれない。

 

 

 

一旦、おばちゃんと旦那さんは、とりあえず病室の外で休む事にしました。
私は婆ちゃんの枕元にイスを置き、ベッドの柵に腕を置いて、寝た子をあやすみたいに婆ちゃんの上下する肩をポンポン叩きながら見ていました。
息を吸うときは肩が大きく上がる、ハーと息をはくと、酸素マスクがボヤっとくもる。そのくり返し。

ハー ハー  ハー ハー

・  ・  ・

ん? 口を開けたままの婆ちゃんの肩の動きがピタッと止まった。

 

 

 

あれれ?婆ちゃん、ばあちゃん?・・・・
立ち上がって婆ちゃんの肩をポンポン叩く。ばあちゃん?

 

 

 

ハー ハー  ハー ハー
あ、息した息した。 いかった、息が止まったかと思った。
そっと座り直して、しばらくのあいだ婆ちゃんを覗き込む。
ハー ハー 大丈夫だ。

 

 

それからまた、いくらかの時間が過ぎたときです。
ハー ハー  ハー ハー

ピタッ・・・・・・・

ん?婆ちゃんの顔を覗き込む

・  ・  ・  ・  ・

 

 

慌てて、ブザーをビーッと押す。
肩を叩いて
「婆ちゃん?  婆ちゃん?」

 

 

 

パタパタっと看護士さんの足音が聞こえてきました。
再び ハ〜〜〜 っと息が戻りました。

 

 

” 婆ちゃん、息の止まっていた時間がちょっと長かったよ〜。”
婆ちゃんは最後まで驚かしてくれる。

 

 

夕方になって義姉たちもやってきました。
みんなは婆ちゃんを囲んで、ただじっと見守っています。

 

 

それからまもなくしてからです。
「もう、息していんでない?」と誰かが小さな声で言いました。
私は、みんなの後ろにいたので、婆ちゃんの呼吸がいつ止まったのかはわかりません。
そばにある心電図にはなお、規則正しい波形が続いていたからです。
きっと、婆ちゃんの胸のペースメーカーが、止まった心臓を動かそうと、信号を送り続けていたのでしょう。

 

 

葬儀には、婆ちゃんの故郷、岩手からも沢山の親戚が集まって下さったから、婆ちゃんも喜んでいるべね。
ところが、一昨日から、札幌は29年ぶりの大雪にみまわれ大混乱。
婆ちゃんのお骨は、繰り上げ法要を終えてから、斎場で少しのあいだ待っててもらい、家族の男子が家の雪を掘り出してから、到着してもらうという事態になりました。

 

 

おばちゃんが、
「姉さん(婆ちゃん)はさあ、まー ごうじょっぱりだべさ。死ぬ前に、ぽぷらちゃんに『ありがとう』って言ってたんだべか?」
と聞いてきました。
私は「いやいや。 婆ちゃんはね、病院にいた時も、『ありがとう』なんて言わなかったよ」

 

 

そう言うと、おばちゃんは、プっと少し笑って、
「そうかい、ほんとにまあ姉さんだったら、どこまで ごうじょっぱりなんだべね」と、少し、あきれかげんです。
「でもね、1週間ほどまえに、ちゃんと聞き取れる声で『母さん、苦労かけたなあ』って言って手を伸ばしてきて握ったよ」

 

 

「あらま、姉さんがそんなこと言ったのかい!」
「ん、そうなの。ね、お父さん(旦那さん)」
旦那さんがウンウンとうなずきました。

「そうかい、そんなこと言ったのかい」
おばちゃんは、またポロっと出てきた涙をハンカチでぬぐいました。

 

・・・・・・・・・・・・・・

2010年4月から続いた婆ちゃんのカテゴリー
は、今となっては楽しい思い出になりました。
優しい多くのコメントも頂き、ありがとうございました。

 

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婆ちゃんは今、病院のベッドの生活です。
昨日は、旦那さんと実家の母の買い物に付き添ってから、午後に婆ちゃんの病院へ出向きました。
『婆ちゃん来たよ』というと、
小さく目を開けて「今日は休みか?仕事か?」と言いました。
よかった繋がった。前回は、『あんたさんだあれ?』だったもね。

 

 

最近、婆ちゃんからの質問の答えに、ちょっと困る時があります。
例えば昨日は、
「あのチューリップ(実際はない)を持ってきたのは母さん(私)か?」
と言うので『もってきたのは私じゃないよ』と答えました。

それから「あっちの奥さん(向かいのベッドの人)は、猫と一緒に寝てるんだ、時々猫が鳴いているぞ」
と言った時は『へえ、そうなんだ』と答えました。

 

 

でも、「母さん(私)、ここにあった米どうした?」と聞かれた時は、
前回も今回も『お米なんてないよ』
って答えていましたが、本人としては納得がいかない様子なのです。
そのうち、誰かが持っていったんじゃないのかと疑ったりします。
婆ちゃんが納得する答えが見つかりません。

 

 

そうこうしているうちに おやつの時間、エクレアが登場しました。
エクレアは、婆ちゃんが握ったフォークから逃げようとするので、私が真上からブスっと差して口に入れる。
「なんだこれ、メッチャメッチャするな・・・」と、入れ歯をカチカチさせて一口食べてから、
「あんた、誰も見ていないうちに食いなさい!」
と私にも分けてくれようとします。
『私は今ご飯食べてきたからいらないよ』と言っても
「いいから、ほれ、食いな」と、誰が見ても気づいちゃうナイショの目配せポーズでアゴを振る。
と、言いながらも完食!
お米の事は忘れてくれたみたいです。

 

 

でも、今度またお米の事を聞かれたら、なんて答えようかしら。
『お米は私がもらいました』と言おうかな、自問自答しています。

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婆ちゃんがホームに入ってひと月がたちました。
おしゃべり好きな婆ちゃんですが、誰も知らない大勢の中で自分の居場所が見つからず、かといって、ベッドに寝てばかりもいられません。
私たちが面会に行って談話コーナーで3人になると、まるで子どもがいじめっこのことを訴えるかのように、
「おら、イスぐるま(車椅子)もできねえし(動かせれない)、うるさい婆さんもいる。ご飯がくるまで何時間も待たせやがる。おやつもまずいし、(お茶に)砂糖も入ってねえんだ。」
と、我慢している気持ちを訴えます。

 

ちょうどその時に出されたおまんじゅうとお番茶(ほうじ茶)も、
「オラ食わねえ」と言って手もつけません。
”お茶飲まないの?”と聞いても
「砂糖たくさん入れてないからいらない」と言います。
いくら、”いつも飲んでたお番茶だよ” と言っても、どこまでわかっているのかな・・・・
そんな婆ちゃんを見るにつけ、帰り車の中では、旦那さんも、ため息をついてしまうのです。

 

今日は義姉が来たので、事務所を閉じて、一緒に婆ちゃんの様子を見に行きました。
ちょうどおやつの時間だね。あそこにいる。
しばらく黙って様子を見ていようか。

 

婆ちゃんは、みんなに混じってパクパク小さなタイ焼きを食べています。
あ、お茶も飲んでる!
またかじった、また飲んだ。
入れ歯を最大限に活用した食べっぷり。
しっかり食べ終わると、私たちが見えたらしく、車いすを動かし始めました。
ぎこちないけど、ちゃんと方向も変えています。
なのに私が近寄っていくと、今までこいでいた手をパっと放して、両手をヒザに乗せたもね。

 

談話コーナーで待っていた義姉に
「頑張って、少し車いすを動かしてごらんと」即されると、少しだけれど、移動もできます。
通りかかった介護員さんには「どもども こんにちわー」と声もかけています。
それでも私たちには、「おら、イスぐるまもできねえし、(お茶に)砂糖も入ってねえから飲みたくないもな」と言います。
それから「おやつはな、食うと金かかるのよ。風呂だって入るたびに金かかるべよ。250円だな、ん」とも言いました。
なしてかしらないけど具体的金額!
なんだかんだと言いながらも、少しずつ、回りのことも気になり始めたようです。

 

帰りがけ、事務の職員さんに声をかけられました。
「新しい室内履きが届いたので、お婆ちゃんの所に持って行ったんですが、”知らん、お金かかる” と言って受け取ってもらえないもので、家族の方からお渡し頂けませんか?」
私たちは顔を見合わせクスクス笑っちゃった。
なるほど、婆ちゃんらしさがでてきたかもね。
今度行ったら、おやつ代はいくらなのかも、聞いてみよ。

 

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